カレン・キングストンさんの『ガラクタ捨てれば自分が見える』を読んでます。
片付けや掃除に関心がある人の中では有名な本だよね?
あちこちのブログや掲示板で語られているのは知っていたけど
実際に手にとって読むのは初めてです。
私は読んでもないのに内容を分かってるつもりだったんだけど
ええと・・・
とにかく捨てろって話なんだよね?
あとは風水の話。
家のこの位置はナントカ運に関係ある場所だからキレイにしてなきゃいけないですよ、とか。
そういう話だったら
捨てようと思ったものは普通に捨ててるし
捨てられないものを無理やり捨てようとは思わないし
捨てろ捨てろ言われても、私が決めることだし
なんて感じで、意固地な私には馬の耳に念仏かなと思ってた。
風水のことも私は考えたくない方だし。
でも最近なんだか行き詰ってるような気がしてて
こんな頑固でいいのかなあ?
私にとって大事なものでも他の人にとってはどうなのか?
自分だけの家じゃないのに私って好きにしすぎてるんじゃないか?
こういう人間がゴミ屋敷を作っていくのかな?
今は良くても、いつか捨てたくなった時に体が動かなくて誰かに迷惑かけるんじゃないか?
とか・・・
なんとなく不安な気持ちも出てきて。
本を読んだら、もしかして
捨てられないって気持ちが捨てようって気持ちに変化するかもしれない
読んでみて考えてみようかな・・って思ったよ。
うーんうーんって考えながらものすごくゆっくり読んでるんだけど
初めは「ガラクタ」って言葉がイヤでそれを見るだけで「あ~あ」ってなってたよ。
うちにあるものは世間的には価値のないものかもしれないけど
でも私にとっては大切なものだもん!ガラクタゆーな!みたいな。
でも本の中にカレンさんが言うところの「ガラクタ」の意味が説明してあって
・あなたが使わないもの、好きではないもの
・整理されていない、乱雑なもの
・狭いスペースに無理に押し込まれたもの
・未完成のもの、全て
って書いてあって。
ふ~ん・・・そうかぁ
そういう風に聞いて考えてみると、使ってないものも整理されてないものも
押し込まれてるものも使いかけで忘れてるものもあるよ・・
それが嫌いなものではなくても、そうなってしまってることは確かで。
大切だって言うなら、なんでそんな扱いしてるんだろう・・って
なんか、ムキになって「私にとっては大切なものだもん!」って思ってる割に全然大事にしてないんだなってゴメンヨって思ったよ。
私がこの本を読み始めたらなぜか義母が服の整理を始めて
記事に書いたワンピースの話
あの後にもセーターとか全部で8枚かな、もう捨ててって言ってきた。
おかーさんすごいよ。
私も見直さなきゃいけないって反省した。
そんなこんなで先週は自分の服も何枚か見切りをつけて義母のと一緒に回収に出してきた。
小物を入れた引き出しの中を整理してみたら
何年か前は必要って思ってたけど今になったらそうでもないってものがあった。
使わないうちに使う時期が過ぎてしまったものとかね。
今からでも間に合うものとかは早速使い始めたよ。
我が家には使う人がいないものだけど、夫の友人のお子さんがもらってくれたりもした。
少し見直しただけで処分するものが結構出てきて
私はガラクタなんか持ってない!って腹を立ててたのが恥ずかしい・・
まあ今でも「ガラクタ」って言葉は好きじゃないけど
それは、この本の中での記号というか、たまたまの呼び方ってことだから拘っちゃいけないな。
ともかく、読んでたら
我が家にあっても用事のないものを処分していかないといけないって思えるようになりました。
でも「思い出のもの」は用事があってもなくても別だけど(汗)
この辺のことも色々と本に書いてあるようだから
追々とじっくり読んで考えてみようかな・・
片付けも節約も上手く出来ないけど
イライラしないでいられたらなって
気持ちを整理するために書いてるブログです。
